よみうり・ランド

光跡★ロケ地

ウルトラマン

24話・海底科学基地

水中バレエ劇場の巨大水槽


水中バレエ劇場の巨大水槽は、フジ隊員
溶解排出口を取り付ける為に潜水するシーンで使用され
オープニングとラストの式典や
VIPの少女の帰還などのシーンも同施設でした。

潜水服を着て潜っているシーン全てではなくて
カットの幾つかが撮影されています。
見分ける方法は簡単で、酸素の泡が出てるのが
水中バレエ劇場の水槽で、何も泡が出てないカットは
スタジオでの演技や撮影の工夫によるものです。

水深11m4300トンの巨大水槽でのミュージカルを上演
594席 1997年12月閉館

水中バレエ劇場も、現在は取壊されファミリー広場になっています。図L
*さらにウルトラには凄く大事な意味を持つ場所なので下に記しておきます。

旧・海水水族館マリンドーム

*上段のドームは在りし日のイラストです。
 図Dの位置に水色の海水水族館マリンドームが在りました。
 その水槽内が特殊潜航艇S25号やトータス号の窓の外の海底の様子の
 素材に使用されています。

S25号から見えてると言う感じなんだと思いますが?
カニ、サメ、ヒラメ、カメなど、海底の様子として海水水族館の中が
撮影されています。*S25号には横窓は無いのですが(^^; 

*写真は唯一02年に残るアシカ館です。

海水を汲上げて使用するので有名な水族館。
2000年11月閉館 
2002年2月ラッコ・マナティー館、閉館

快獣ブースカ

31話・飛んできた遊園地

    02年
ブースカの中でも、ブースカランドとして
登場していて、モノレールやマリンドーム
なども作中画像に確認できますが、他の
遊戯物などは、残っていません。
*モノレール廃業後残るレール・右奥にホワイトキャニオン
写真は2002年で現在はレールはありません。
*後に、向ヶ丘遊園内にブースカランドが出来ます。

 

チビラくん

チビラくんは、日本テレビなので
70年当時のよみうりランドを殆どの回で
レギュラーオープンセットのように使っています。

宇宙タレントやーい!

何度か登場する釈迦如来殿ですが、宇宙タレントやーい!では
 
ママゴンらが、この前(南側)の下の段に居ます。図E

決戦ゴルバヶ原

モノレールの橋は2つありますが、決戦ゴルバヶ原
で使用している橋は
図Hで、解体が大変な為かまだ
橋だけが現存します。ゴルバや
ガキンコが居た所も
図Hの橋の下です。*作品では黄色ですが今は赤

他にも、ドロンドロン騒動記では当時の
ゴーカートやメリーゴーランドなど遊戯物が沢山登場します。

  怪獣の父・高山良策 

ウルトラ1期のスタッフはみな若いとよく書かれていますが
本来画家である高山さんは40代後半、撮影の背景画などを描き
小道具などを画道からそれ作っていました。
そのうちの1つに水中バレエ劇場で使う有名な貝の作り物や
他の造形物の制作がありました。
その仕事が特撮の神様円谷英二の目にとまります。

*英二さんは同施設の竜宮城の特殊美術を担当
電動の魚などを制作。水中バレエ演出が宝塚歌劇団だった為
東宝とのラインで関わっていた。
*第1公演「ようこそ竜宮城」
Yランドが、宝塚や世界の円谷にと力を入れていなければ
高山さんとウルトラシリーズは無関係だったかもしれません。


中でも高山さんが造られたカメに、英二さんは感激したそうで
すぐにその造型者、高山さんのもとに依頼が入ります。
それが成田亨デザインのぺギラのデザイン画でした。
*ぺギラのみ井上泰幸(前任.特美監督)元画から成田さんが追デザイン

ウルトラQ第2クールから参加された時に、高山さんは48歳で
他のスタッフと比べけして若くは無く、彫刻家の成田さんが
デザインし、画家の高山さんが造型すると言う本来とは逆の仕事が
ウルトラ怪獣を産みだし、子供達はヒーローと共に高山さんの造る
怪獣に魅了され怪獣ブームが起きます。



その後、帰マン、ミラーマンを経てライオン丸、アイアンキング(72年)
などを手がけ約7年間の造型の仕事を辞め、画家の道に戻り59歳で
日仏現代美術展で二等賞を受賞、65歳で他界しています。
3度の徴兵などで、本当に絵に打込めたのは、72~の数年だけだった
のかもしれません。1週ごとに出てくる怪獣が、遣られ消え去る事に
寂しさを覚えてらしたようですが、1週どころかウルトラ世代の子供達は
一生高山さんの怪獣を忘れないでしょうし、ビデオ・DVDで後の世代にも
支持され続けています。材料や造型技術だけなら今の方がずっと進歩
しているはずですが、高山さんの造った怪獣達にはそう言うものを
超越したなにかがあったのでしょう、英二さんが目にしたカメにも…
それが具体的になんなのかは?魅了された子供の1人Qちゃんにも
解りません…

東宝・チャンピオンまつりよみうりランド


東宝は1969から、新作のゴジラシリーズと
旧作を年に春、夏、年末年始の3回上映し
同時上映に当時の東京ムービー(東宝系)のアニメと
系列局のアニメや、巨人の星、侍ジャイアンツ、巨人軍の映画などを
同時上映しましたチャンピオンまつりを1978年まで上映していました。

その映画の上映時期に、よみうりランドでも
ワイワイカーニバルが開催、ゴジラショーや各種アニメの
ステージなどが、ランド内で展開されていました。

画像の券は1977年のチャンピオンまつり
キングコング対ゴジラ 巨人軍物語進め!!栄光へ
円盤戦争バンキッド ヤッターマン
まんが日本昔ばなし 桃太郎

の上映に対してランドで開かれたイベント内容が書かれています。


ステージショー(グリーンステージ)
キングコング対ゴジラショー 3.20.21.26~4.3
日本昔話ショー 3.20.21.27.4.3


バラ園ステージ
天才バカボン4.10 ガンバロウ*4.17 4.24キャンディキャンディ
4.19ロボット刑事K 5.1アステカイザー
5.3ヤッターマン 5.3ジェッターマルス  5.8ジャッカー電撃隊

*おそらくガンバロンの事でジャッカーと共にリアルタイムのヒーロー

春休み~GWのイベントでキングコング対ゴジラショー
3月末から春休みに連日77年に行なわれていたのは驚きです。
他のショーも日本TVや、
アステカイザーなどは
放送終了しているものの局や円谷プロと言う事でか
ラインナップされています。

ウルトラマンティガ

第10話・閉ざされた遊園地

メインロケ地として最も使用されたのが
ティガ10話の閉ざされた遊園地です。
台詞などでも、
よみうりランドとして
そのまま登場し、見えない壁のバリアで
ランドごと覆われます。
ガギ(怪獣)の合成や下のフィールドを
逃げるエキストラのカット
(上画像)
ガギの迫るカットなどに
観覧車が登場します。

見えない壁に自転車で激突横転した青年を
休暇中の
シンジョウ隊員が助けに行く
アングルで、園内の人々が壁に気ずきだし
触るシーンが、当時のメインゲート内すぐの
階段下で撮影されています。
図B
画面と同じ
青い階段も褪せていますが
なんとか残っていましたけども、
図Cの位置
ゴンドラ発着場所に、メインゲートが移り
現在は閉鎖されています。

現在の図Cの階段下広場も、エキストラの
引きの画で登場します、ゲート移設で
建物などが出来変っています。

シンジョウと妹のマユミ(石橋けい)
居るベンチは、同じ位置にあり灰皿も
同じものが存在しましたが、奥のチケット
販売所の屋根が変っています。


きり返しの少年(兄)がイジメられてる
バックの遊戯物は、図Iウェーブスインガー
なのですが、図A、B、Mの側には無く
冠など装飾が一部無く、主柱には逆に
装飾壁がある事からも、移動したようです。
ガギの角が出た所は図M(05)

シンジョウと少年の乗るゴーカート
同型が存在し、青いボディもありますが
が多くゼッケン5は発見
出来ませんでした(^^; ティガ・シンジョウ
ファンは、是非乗ってみて下さい♪

チビラくんから26年後、再び円谷作品に
登場した聖地公園の釈迦如来殿
ダイゴウルトラマンティガに変身
するバックに使用されています。
図E
*釈迦如来殿(パゴタ)スリランカの寺院を
模した石殿で釈迦の仏舎利・聖髪が収まっている。

人工シャンツェ
園内古い看板にのみ残る人工スキー台

もう1つ、ウルトラには意味のある所
図G1966の部分にウルトラマン撮影時は
人工スキーの施設があり、ホシノくん
役の津沢彰秀少年が、骨折し途中降板
する事になってしまいます。
撮影中にとの記載もありますが
撮影期間(放映中)の意味でスキーの
シーンなどは無くプライベートでの事でした。
3つの斜面があり、どのラインなのかは
不明ですが、ウルトラマンが1年続いて
いたならホシノくんの帰還があったの
かもしれません?(^^;
練習だけでなく人工シャンツェでの
大会など競技も行われていました。
斜面の一部は存在していましたが
2軍球場からジャイアンツ球場になった
後しばらくすると撤去されました。
 

モノレール(日立アルヴェーグ式)


1964年1月1日に音楽堂前駅よみうりランド駅
1.8Kmで開業。図Hを通ってまで
8月8日にさらに1.1Km延伸し環状軌道になり
当時世界最長のモノレールとして有名になる。
現在は、レールもほぼ撤去されています。 

よみうりランド 

1964年開園 
*それ以前もフィッシングセンター
アイスリンクなど一部遊戯施設は営業


 京王よみうりランド駅より ゴンドラ5分
大人1600円 子供800円 駐車場1000円(普)


今では遊園地(部分)が、有名ですが
元はゴルフ場(現隣移)でホテルや水族館
スポーツ施設が先で、総合レジャー施設
を目指していました。

神奈川県川崎市多摩区菅仙谷4-1-1

         

 

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