株式会社 東宝★スタジオ(砧撮影所)

*内部などは特別に許可を得て撮影しています。  光跡★ロケ地


東宝撮影所とか砧撮影所など、まぜこぜの呼び方になっていたりも
しますが、正式には*1971年11月18日より
東宝スタジオ
改称され
借スタジオになり、嘗ての役者さんやスタッフを抱える撮影所には
終止符が打たれています。

*同日、製作部は廃止になり芸能部も廃止し、契約管理室を設立。

この撮影所は東宝の前身の1つ、PCLの砧撮影所
(旧・1.2ステージ)
1937年(S12)
PCL・東宝映画配給・ゼーオー(JO)・写真科学
4社の合併で、東宝映画(株)が誕生。
東宝東京撮影所と言う名称になりますが、長く砧撮影所の名前で
呼ばれ、S16年の
東宝京都撮影所閉鎖を経て、71年くらいからは
東宝撮影所と呼ぶかたと、年輩の砧撮影所と呼ばれる方と二分化
して呼ぶ傾向が出来ました。
*旧住所、砧村からの由来であって現住所名が違う事などから

消え逝きつつある愛称で、黄金期の方々が他界して逝かれるにつれ
砧撮影所と言う人は減っています。

*Qちゃんは個人的な好みで、この撮影所を今も砧(撮影所)と呼び
光跡には記していますが、正式には東宝スタジオです。

*映画のスタジオ
(今も砧には床が土のモノが有)
昔はステージと呼び、写真など小さな規模をスタジオと呼んだ
傾向がある為、コレも個人的に映画
(映像)のスタジオは
ステージ
(8ステ)などと記しています。

*撮影所にNO.4ステージは存在しません。・08年新NO.4はある。

 旧・第1、2ステージ(旧・PCLから残った建物)

2011年解体

ウルトラセブン ウルトラ警備隊西への神戸港の特撮セットも
美センではなく、東宝のNO.1ステージに組まれました。 
別班体制だったので、セブンのスーツアクターも、
上西さんでは無い
後の帰マンを演じる
きくち英一
さんが演じています。

帰ってきたウルトラマン1.2話 怪獣総進撃タッコング大逆襲
特撮セットも、
ゴジラ本多猪四郎監督の作品と言う事もあって
豪華に1話分なのに、勝どき近辺のセットと、
アーストロン
の出る
山岳のセットが1.2ステージに組まれています。

3話・恐怖の怪獣魔境での
ウルトラ初の3ショット帰マン、デットン
サドラーの広い画が撮れた山岳セットも、アーストロンのセットに
手を入れたもので、美センでは撮れない3ショットが実現しました。
帰マンは初期は東宝撮影所ですが、その後は特撮は美センに移り
MAT基地などドラマ班は東京映画に移動して撮影されています。

旧・1ステージの南に映写室があり、本館南に在ったのがスタッフ室です。

NO.8・9ステージ
(S27年建設、当初は1つで8ステ)


もっとも巨大なステージで、他のステージと違い
体育館か弾薬庫のようなドーム型の屋根をしています。
真珠湾のOPセットなどが造られた旧・第2東宝が
新東宝(別会社)になった事から、仙川の北側に
新たに、特撮の
円谷英二監督用とも言われる巨大ステージや
巨大プールなどの施設が増設された象徴的な建物の1つ。


今はNO.8と9の2つに別けられ出入り口も2つ並んでありますが
元々は1つの出入り口だった為に、建物の真中の位置にある。


内部から見た出入口。NO.8.9は、1つでも巨大なステージですが
昔は繋がった1つのさらに大きなステージだった証に
今も
出入り口は普通センターにあるのに御互いの角に位置しています。


東宝特撮映画の完成記念スチールバックに、よく使用される8st横


巨大なNO.9ステージの内部、天井も高い。


NO.9ステージの特大ホリゾント
ウルトラマンAには、美センでなく東宝の大きいホリゾント(空など)
を使用している為に、高く、広い画面が登場しています。


NO.8 NO.9ステージの床は土ですが、よく見ると
柱がマス目状に敷き詰めてあるのが解ると思います。
これは重いセットを組む時に、箱馬や柱をその上に設置する為です。

ステージは、今はスタジオと混同して使われますが
元は映画スタジオを
ステージと呼び床が土で出来ていました。


今は土ではないスタジオが多いですが、基本的には箱馬や平台で
セットを組んで、床を造り撮影されていました、

写真は東宝の箱馬・木で作られた頑丈な箱で
床が土でなくてもTV局のスタジオにも必ずある撮影の
定番アイテム。

帰ってきたウルトラマン

2話・タッコング大逆襲 

   
郷隊員が、私服で現場にかけつける合成カットのベースです。
右側が変電所の東側で、北から南方向に走る撮影が

行なわれました。 道の左と右上も合成です。
下の写真の白い車の辺りから走っていると思われます。
*この撮影所内の橋は「一の橋」と言い
QちゃんはウルトラQの博士の語源では?と思っています(^^;


地下からの救出シーンは、この変電所の内部で撮影しています。
写真左が変電所ですが、現在は照明機器や
フィルムの発達や、電力供給もポータになったり
ビデオの撮影が増えた為に、作中画面ほど電線は
無くなっていて、停電時のバックアップの意味の方が強いです。

*本物の製油所は、スモークなどでも火気類は万が一を考えると
許可が出ないので、ミニチュアタンクを画面左に合成しています。
その大きなタンクのミニチュアは、補強を入れて
帰マンムルチの格闘シーンに再使用されています。
図・変電所は川の北側8ステージの下。

28話・ウルトラ特攻大作戦


ステージ大扉にMATのマークを貼ったシーンがあります。


Qちゃんが撮影で、お世話になってた頃は
こんな立派な守衛所じゃなかったです。2011年解体。


6.7ステージの辺りに何か建設中の様子。

新・第7ステージ


*見た事無かった第7ステージが、03年に復活♪
扉の「7」もカッコいい!
ホリゾント高11m 内臓プール6×8m深さ3mを完備。
ピンと来る人は、ピンと来る♪機材が小型化した今
理想の最新の特撮ステージとも言えるかもしれません。
高さ11mもあると相当広角レンズでも見きれない
アオリ撮影が可能なのが解るので、今までに見た事の無い
画を見る事が出来ると思います。

第7ステージの火災

*1974年8月公開の「ノストラダムスの大予言」
山林が自然発火して大炎上になるシーンの撮影で
火が燃え移りNO.7ステージは全焼しています。特技監督 中野昭慶
何故か、第9と記載され文献がいくつかありますが第7です。

5・6ステージ裏
新NO.7ステージ(仮名Hスタジオ)画像左建設中の頃

門の歴史
  図C
Qちゃんは、西側のゲート(裏門)から出入りしたのですが
人が通る門だけでゲートとしてはほとんど使用され無い状態から
少し北側に移動した位置に、新たに
正門が出来て
旧正門(本館側)を、
大蔵門
に変更された時期が
数年在りましたが、旧正門は本館と共に2011年姿を消しました。

 ゲート成城からだと、こちらから入ります。
本館横が正門なのですがQちゃんは、こちらからしか
入った事が無く、逆に思っていました。(^^;

 特撮プール 詳しくはクリック
ゴジラでおなじみの特撮プールで、大きさが
年代で縮小されてきています。 04年に完全解体。

前に立つと遠近感がおかしくなる時がありました(笑)
現在はNO.11・NO.12ステージが新設されています。

 オープンセットが立てられる場所でしたが
ボーリング場やホームセンターに変ってしまいました。

*この場所のオープンセットは、常設的なものではなく
作品単位のものがほとんどでした。

旧・本館・1・2番ステージ跡


この頁の右最上段にある旧・本館の写真と、略同じ場所から
同じ方向を映した写真です。

旧・本館や1番2番ステージは無く、現・正門方向に
抜けるS字の坂道になっています。


2つ上の「門の歴史」にある写真と同じ場所から
同・方向を撮ったモノで、旧・本館側に通じる
S字の坂道になっている一方(西側)です。

ウルトラのロケ弁当

ますだや(増田屋)


ウルトラの文献にもあるように、東宝からも旧・Tプロからも
すぐの所で、建物も3階の綺麗なモノになっています。
ウルトラマンなどの仕出し(ロケなどの弁当)などで
お世話になってる「赤チン弁当」で有名。(^^;

旧・東宝本館(ビル)

2011年解体

 東宝本館ビル

帰マン・テロチルスが巣をつくるビルの外景などで使用。
その前に*有名な噴水がありました。
水が出てるのは見た事が無いです(^^; 
後半は埋められプレートが立てられていました。
*実際に有名なエピソードの多い噴水は、大きくベンチも
広く、厳密には少しズレた場所にあったものを言う。

  A
ウルトラQ
*レギュラー毎日新報編集部・内
マンモスフラワー
一平逃げ遅れる屋内階段は、本館内階段です。

バルンガ
一平が入院する病院の外観は本館で、万城目が
自転車で本部に行く時に通ったのが本館前噴水広場。


帰ってきたウルトラマン


16話・大怪鳥テロチルスの謎

17話・怪鳥テロチルス東京大空爆
テロチルスが巣をつくるビルの外観。
(上の写真反対側を入り口として使用)
立てこもりの説得や、見上げるMAT隊員らの
カットが、噴水広場近辺で撮られています。

19話・宇宙から来た透明大怪獣
次郎くんの病院のベランダとして
本館前の階段踊り場が使用されています。

23話・暗黒怪獣星を吐け!

郷と丘隊員が日食を見るMATの屋上として使用。
近くの体育館や団地、清掃工場の
赤いゼブラ煙突なども画面に見えます。

女性が姿を消した後の階段は、ブースカ26話で
逆さに浮いてた所。

*ロケ地選択のモチーフも、ブースカ26話の
凸凹芸術社屋上シーンだと思います。

ウルトラマン

28話・人間標本5・6

ウルトラマンが等身大になる屋上の
シーンも、東宝本館屋上で撮影されています。

ウルトラマンA

9話・超獣10万匹!奇襲計画

明理社・東宝(噴水前)が使用されています。

38話・復活!ウルトラの父

ナマハゲが居た屋上で、ウルトラの父
光線で落下する建物も、本館です。

50話・東京大混乱!狂った信号

シグナリオンに向かって行く北斗隊員が
かけ上がる階段が、本館外階段です。
そのビルの屋上でも、シグナリオンとの合成が
撮影されています。

ウルトラマンタロウ

46話・白い兎は悪い奴!
ピッコロの巨大化のバックに
本館前が使用されています。

快獣ブースカ

ブースカの名ガイド チャメゴン誕生
すてきな快獣の日


凸凹芸術社屋は、噴水(水も出てる♪)や
玄関にブースカが入る所や
屋上のシーンなどで、本館ビルが使用されています。
快獣ブースカは、制作が日本テレビ・東宝・円谷プロ。

Qちゃんと田中友幸プロデュサー(当時・専務)

本館へは、あまり行きませんでしたが
1度、
田中友幸さんが専務の役職の頃に4階だったか?
南側の部屋で1対1でお話させてもらった事が、あります。
特撮やカメラ、ある動物の話をしたのを覚えていますが

なんだか今となっては、夢の中の記憶のようです。

東宝オープン

旧・大プールの北側にあった敷地です。

現在のNO.12St.や3・4St.や住宅展示場に
なっていう場所に在りました。

ウルトラQ 甘い蜜の恐怖

木村(黒部進)や、所長が責められ謝罪する荒れた土地に
古い倉や、大きな門など、木材の残骸などが散乱した所は
砧撮影所の北にあった、時代劇用のオープンセットです。
作品画面は、すでに役割を終えているようで
屋根瓦など痛みが激しいのが、画面からも窺えます。

ウルトラマンレオ

3話・涙よ さようなら… 

22話・レオ兄弟対怪獣兄弟

MACロディが、攻撃しながら進むカットと
停止攻撃・廃車越しなどのカットが
大プール裏で撮影され、レオではバンクカットとして
数本で使用されています。

16話・真夜中に消えた女

ダン隊長が、パラシュートで降りてきた場所
としてもホリゾント裏西側が使用されています。

オープンの南側には、旧・大プールのホリゾントが
在りました。
の写真(ホリゾント裏側)

ホリゾント(壁)の裏は登って照明をあてたり、ワイヤーを
張って飛行する怪獣や、時には飛行機の目線のカメラを
待機プールに向かって操演したりもする建物で
その中は、一時期は
特撮倉庫になっていました。

ウルトラマンレオのマックロディがちょうど
この位置に停車して撮影された紹介スチールがあります。
*例・ウルトラマン白書S57版P163


左上図(Eの右)写真はフォトスタジオになっていた時期。

18話・吸血鬼! こうもり少女


こうもり少女(坂本智子)が、夜間に外で両手を広げる所は
旧・大プール(倉庫西)と、旧・10ステージの間で
南向きに立っています。
*写真2003年
その後、酔っ払いが歩いて来て、影が投影される壁も
同・10ステージの
写真に見える壁です。
その後、ゲンが乗る
マックロディがクランク走行してるのも
この間を写真右から撮っていて、南から?北方向に
走っています。

少女が巨大化してバットンになるのも、同じ場所で
白土隊員(松坂雅治)が、発砲し
大扇風機
バットンの攻撃(風)を受けるのも、画はタイトですが
大扇風機や照明からも、10ステージの北側で
ゲンレオに変身するのも、同じ10ステ北です。

情報協力 L18話・メトロンハートさま

ウルトラマンレオ

4話・男と男の誓い

ツトムくんがレオを応援する所。
瓦礫やスモークが焚かれたりしています。

新NO.11・12スタジオ


大プール解体後に出来たNO.11と12スタジオです。
南側半分が11スタジオで、12側にあった
大プールの
ホリゾントも解体されました。

新NO.3・4スタジオ


ホリゾントの北側の完成が近い
新NO.3・4スタジオで、11.12スタジオとの
間の壁(ホリゾント)も、建築作業と共に解体。
07年秋完成予定。

キヌタ・ラボラトリー

S34年1月設立の建物の名前でもあり、部署名としても
使われました図C黄色のすぐ上に在る
2階建ての建物です。
直訳のごとく現像装置があるのですが、それだけではなく
映写室・録音室・編集室があり、なにより
円谷英二監督の部屋(特殊技術課・課長室)
在った所です。


ウルトラの場合は、現像と録音両方と録音だけの
場合で、クレジットされていると思います。
0号プリントをココでやっても、ネガの本編集は
東京現像所のケースもあります。

*0号:初号撮影したままの事NGなど全てが映っている。


称的には1973年(S48)11月16日
(株)光映新社に改称。
その後も名称は異なりますが、最新設備で機能的には
同じ録音・現像の建物として存在していました。
新7スタジオ誕生後に 正面ゲートが図Cに移る工事で
現在は駐車場になっています。
*翌日美セン東宝ビルトに改称しています。

東宝映画技術研究所
砧のすぐ側にあり、東宝誕生(昭和12年)前は
こちらが「東京映画撮影所」と名のっていたそうで
新東宝(国際)の一角にあったのではと言われいます。

東宝の誕生

東宝はPCL製作所・東宝映画配給・ゼーオー(JO)
写真科学の4社が、小林一三氏の阪急資本で
S12年に合併、
東宝映画(株)として誕生。
S18年12月(株)東京宝塚劇場と東宝映画(株)が
合併し、東宝株式会社になる。

PCL映画製作所(撮影所)

PCL(日本科学研究所)S5年誕生個人経営の
写真化学研究所で始まる。
*場所的だけで言えば、後の東京映画撮影所の
千歳船橋にあったと言われます。

1933年(S8)PCL映画製作所設立
現・東宝スタジオの成城に撮影所をオープン
*旧・NO.1・2ステージ
S9年エノケン一座と提携、S10年自主配給開始
S12年に東宝映画(株)に成る。

JO(ゼーオースタジオ)
S9年12月(株)ゼーオースタジオ設立
京都の映画会社で大沢商会の大沢善夫が発足
そのイニシャルと言われてますが?^^;
太秦上刑部町にあった事から太秦発声などとも言われた。
円谷英二さんが、東宝前に居た所で大沢善夫氏は
スクリーン・プロセスの研究を、会社の費用でさせた
理解者でもあった。
*当時は研究などは自費が当然だった。

東宝映画配給
S11年6月創立の配給会社、12年3月
松竹、日活、新興、大都4社から併映拒否され
上映作が無く、
東京発声と配給契約
8月に合併し、東宝株式会社になる。

写真科学
S7年6月(株)写真科学研究所創設。
8月相談役に
小林一三就任。S8年8月ほろよい人生
写真科学映画(配給・東和商事)で、封切上映。
資本金増資し、S12年に東宝映画(株)に成る。

 

撮影所内を流れる仙川柵にあるレリーフ、ゴジラやモスラも♪

  

ゴジラシリーズ上映時の撮影所の壁

アクターズセンター


7st横に出来たアクターズセンター、大蔵門(旧正門)
から歩いて来ると、まるでオフィス街を歩いてるようで
Qちゃんの知ってる撮影所とは、同じ場所に
思えない変貌ぶりです。

 

 

           

    

  

Copyright(C)2002- KOUSEKI・Qchan 不許複製

inserted by FC2 system