一の谷研究所(旧・山田耕筰邸) 

          ★光跡ロケ地

ウルトラQ

マンモスフラワー  変身 悪魔ッ子 

一の谷博士の研究所外観として使用された
旧・山田耕筰邸で、世田谷に現存しています。
撮影方向からは、庭に別の建物が出来た為
カメラの引きが確保できず、このサイズがいっぱいです。(^^;

裏から見ると解るのですが、2階建てですけども
3階に近い高さがあり、庭があった頃は少し遠くからでも目だっていました。

門から続く黄色い柵の中に、石の柱があります。その中に建物があります。

玄関は理由があり、ぼかし&伏せていますが
唯一作品画面からの方向です。図1

 

山田耕筰 (やまだこうさく)


ロケ地としては、東宝映画の音楽を手がけ
円谷英二さんとも同じ作品に携っていていた
伊福部昭さんの師とも言える、山田耕筰氏の当時の家でした。
*伊福部昭さんと英二さんの関係は有名なので省略します。

 
  東京出身1886年6月9日生
数寄屋橋教会で洗礼を受け、讃美歌やオルガン演奏の影響を受ける。
日本人で初の交響曲を作曲、日本初のオーケストラを設立
米カーネギホールでの演奏、露レニングラードフィルハーモニーを指揮。
英二さんと同じく、音楽で戦争高揚に協力した事を悔やんで
戦後も音楽発展に力を尽す。1965年12月29日没

ウルトラQが世に出る直前に、このお宅で亡くなられています。

「この道」「ペチカ」など有名な曲は沢山ありますが
ウルトラ世代には「赤とんぼ」「かえろかえろと」などの童謡の方が
親しみがあると思います。赤とんぼは有名すぎますが、かえろかえろと
などは歌を全部知らなくても「かえるが鳴くからか~えろ♪」
夕方唄って家に帰った子供は、当時多かったと思います。

円谷英二との映画


新しき土(1937年)日、独制作 監督・脚本アーノルド・ファンク
音楽:山田耕作 撮影協力:円谷英二
出演に原節子、早川雪洲など、当時の日本を代表するメンバーが制作。

燃ゆる大空(1940年)東宝
監修・陸軍航空本部 演出:阿部豊 演奏:P.C.L.管弦楽団 
音楽:山田耕作 特殊技術撮影:円谷英二 

梶田興治(かじたこうじ)


初代ゴジラ、地球防衛軍、大怪獣バラン
キングコング対ゴジラ、対モスラ
などの
助監督で有名であり、


池すすむのペンネームで、モスラの「インファントの娘」
の作詞をされてる事でも有名。

*現在も有名な方の所有建物なので住所や詳細な場所は公開しません。

It's personal collective housing,
so the address isn't opened.

当時の門越しにスカイラインスポーツ
停まっているカットは、門から長い
エントランスが在りました。

現在は作品当時のの方向から建物を撮影すると
建物どうしの隙間に、わずかに見える程度です。
2匹目のナメゴンが現れた部分は、他の住宅が
建っていて、現在の同・建物の出入り口は
西側に変更されています。

現在(セピアの画像)に、撮影当時のアングルを
重ねて入り口の場所を、表すと上のようになります。

印象的な研究所の看板カットです。図1

   図1

Qちゃんが知ってる80年後半は、まだ緑に囲まれた
庭園のあるお宅でした。
○○監督の所に行く途中、説明してもらっていて
探していたのですが、1本通りを間違えていたのと
建物の廻りの激変の為、かなり探してしまいました(^^;

赤いスカイラインスポーツの停まってる所までも
道から斜めにエントランスが延びてたので
結構距離があったと思います。

現在は、別の所に門があります。
いつもは車が停まっていたりしますが
車が無いと不思議な森への入り口のように
緑が濃く育っています。
黄色い門も、かなりレトロな雰囲気のある門です。

このロケ地は、レギュラーのイメージが
あるかもしれませんが、梶田組の3本と制作5話の
円谷一組にしか使用されていません。
*制作1話~5話(4.5話は同時撮影)
撮影は、ほぼ同じ場所でのバリエーション
なので1回で行われたと思われます。
梶田・円谷監督の第1陣にのみ許されたのか?所有権や
時期的なものか?制作6話からは使用されていません。

     

 

 

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